北総線よもやま話1902

投稿:2019-02-27/カテゴリ: よもやま話

2019年2月の北総線よもやま話。このよもやま話は将来的に四季報として纏めていく前段階の落書きコーナー。

北総車にもデジタル列車無線の波

数年前に京急が列車無線のデジタル化(DSR)に動き出し,続いて京成も動きを見せ始め…と,一号線各者が列車無線の更新に向けて動き出している。かたや上場企業,公営事業者と他者はずいぶんと出てくる情報が多いのだけど,北総はとにかく情報が出てこない。DSRについては未だ言及していないのが現状。

まあ,DSR化しようとしまいと,他者がDSR化を完了させてIRを廃止してしまえば,乗入れる側の北総としては車両をDSRに対応させないといかんので,北総線内の地上設備は別として車両改修だけは最低限必要だよね~って認識で考えていた。そうこうしている間に7800形1編成が追加リースされてきて,さあ雲行きが怪しくなってきたぞと思っていたら,ついに来るべき日が来てしまった。

トップバッターになったのは7501編成。1月27日の運用を最後に車基で改造入りしていたようで,約2週間の工期を経て2月中旬に竣工,14日から運用に復している。

△無用の長物だった新京成用SRアンテナ台座がDSR用アンテナ台座として整備されたり。

なぜ2週間かかるのかとか,そういう小難しい理論は昨年度末にいろいろ考えたのだけど,おそらく親会社京成が5年間で施工するという期限に対して,車両稼働率を維持しつつお金や場所,人の問題から予備車をどこまで持てるかとか,そういう検討をした結果の数字なのだろうね。京成に比べて北総の車両数はめっちゃ少ないから,北総が単独で工事を計画するのであれば違う結果になった可能性だってあると思うな。

だけどそれは北総の総合的な体力を考えると難しいよね。たとえ可能だとしても,あれだけ設計の近い車両を持っているのだから京成の工事に便乗するのがベターだろう。結果として,京成が3000形を最優先にドチャクソ工事しまくっているので,設計が同じでコピペしやすそうな7500形が選ばれてしまいましたとさ,という感じか。

なので竣工した7501編成の工事内容については京成3000形4次車とほぼ同じ。ようやく3000形も全て出揃ったけど,16年間で14次48本も作って仕様が変わりまくりなので,違う仕様のクルマと比べても意味はないっしゅ。

そんな7501編成の工事内容については,工事前後で撮った画像をもとに解説する記事を書いたのでそちらを参照(会員限定)。

ざっくり書けば,無線機器の設置に関して法令だったり↑↑の車両数の問題だったりを検討した結果,認可までは準備工事として配線関係を先にやっておきましょうという感じ。なのでDSR用の機器がバッチリ付いたなんてことはなくて,これから機器を新設していくために場所を確保しましたよ,という位置付け。

7501編成の竣工と前後して9201編成もDSR準備工事に入っている模様。最難関9100形に挑む日はいつになるやら。

かわる9100形ぷちねた

北総車DSR化では最難関になるだろう9100形だけど,それとは別に2018年度は細かなところでいろんな動きがあったので振り返っておこう。

まずは9118編成の運転台コンソールへの緊急SW設置について。

△7300形と違うのはコンソールの両数銘板と掛けビスの位置

これは昨年度から継続している案件で,昨年度末に9108編成を対象に施工していた。それ以前から7300形や7800形にも同様の工事を進めていて,7500形のようにコンソールの計器横に緊急SWを取り付けるべくパネルごとごっそり交換している。

緊急SWの取扱いには回路上にリレーを設ける必要があるのだけど,9100形は7300形のように頭上に継電器箱を設けるわけにいかず,運転士席の真後にあたる低圧配電盤の上に取り付けているのね。ただし,9108編成と比べて9118編成は継電器箱の取付金具が変わっている。なぞ。

△これは9108編成の様子。手前右が継電器箱で,9118編成は取付金具で銘板が読めなかった。

そして別件,9128編成のフィルタリアクトル更新が完了。

これは9108編成を皮切りに2017年度から実施してきたもので,M1系3両に搭載する同機器の同種交換のよう。AE100形の廃車が出るようになってしばらくしたころから3700形を対象に始めていて,初期にはAE100形の発生品をオーバホールしていたようなのだけど,言うまでもなく弾が尽きてしまっているハズなので最近のは3700形などの発生品かも?

△新品か発生品OHかはさておきキレイな機器はつい撮っちゃうよね~

継続している案件が終わっちゃうと次の動きが気になるかなあ…。車内案内表示器とかまだまだ案件は続いているけども。

まだまだ走る逆線走行号

続くといえば,先月の記事でも取り上げた新柴又関係の試運転が今月も続いている。

引続き週末を中心に運転されているこの試運転,なぜか先月とは行路や車両が異なっているみたい。毎回見に行くほど暇ではないし寒さに震えたくはないのだけど,2/16マルヨで運転された回には3050形が抜擢された。その後もAE形に戻ったりまたもや3050形になったり…と車種は一定していない。

△ここの下り中継5号機の現示を見ながら待つのがセオリー。

しかも,先月1/26マルヨの回は上り線で運転を終えたはずが,2/16の回では下り線で終えている。各回で実施内容に差があるのかもしれないが,区間が区間なので事情はよくわからんち。。現場では運転や信通などの関係者が逐次無線でやり取りしているみたいなので,運転ダイヤふくめて柔軟にやっているのかもしれないねー(てきとう)

しかししろーとが外から眺める範囲では踏切や信号の動きが面白いねーくらいで終わっちゃうんだな…。2/16マルヨの回は高砂2号・1号とも下り線逆線走行時に全く動作していなかった。踏切手前で安全確認してから進行していたので,何度か走らせる間にやり方が固まったのかも?

△てきとー

なぞが残ったままなのは気持ち悪いけど,これはしょうがないか…。忘れたころに解決したり,しなかったり。

消える東芝製発車標

そんな新柴又で東芝製の発車標に動きが出た。

先月の時点で大町,松飛台と2駅で置換えがあったのだけど,続いて2月上旬に新柴又も置き換わった。いよいよ残る東芝製は印西牧の原だけ…1990年度の初代HTC稼働時からの発車標に限れば,今回の新柴又で淘汰完了。

△前の発車標を塗り直してから日は浅かったのだけど…

ここは上下ホーム各2台の設置なのだけど,下り2番線南方の発車標は13年度の移動円滑化対応でエレベータを設置してから片面運用になっていた。

北総2期線の駅は各ホームに2箇所の階段を作れるように設計されているのだけど,ほとんどの駅は階段を1箇所作っただけで,あとは手付かずだったのね。だからエレベータを設置する際には手付かずの階段予定地を利用できたのだけど,新柴又は最初から階段とエスカレータを設置していたので,予定地が残っていなかった。

しかも運が悪いことに新柴又の駅舎設計には余裕がほとんどないのね。新柴又駅の設置が決まったのは88年度のこと。北総2期線を計画した当初,新柴又に駅なんて考えてもいなかったのだ。

それもそのはずで,新柴又といえば2期線に着手する前から北総鉄道問題という紛争があった場所。2期線着手後もず~~~っと揉めに揉めて,散々こじれて,結果として駅の設置が決まったのだけど,それでもまだまだ揉めていたというくらい,ここは大変な場所だった。おかげで新柴又駅は約1年という突貫工事で駅を作る必要が生じてしまい,他の駅のように10両編成用の準備工事をするとか,そういう余裕すらない駅になってしまった。

それでも頑張って13年度にエレベータを設置したのは良かったのだけど,下りホームのエレベータ棟を階段の眼の前に作らざるをえず,階段を上がったところに設置していた発車標がエレベータ棟で隠れてしまったのだ。

△13年12月,EV設置中の新柴又。旧発車標とEV棟と階段の位置関係はこんな感じ。

発車標のような重量物は梁に吊り下げるのだけど,この梁がエレベータ棟を挟んだ先にしかない。残念ながら発車標を移すことはできず,しかも棟で片面が完全に見えなくなってしまったので,黒いアクリル板でなんちゃって片面化改造を施すというパワープレーで解決していたというわけ。

△↑の写真を撮った時に発車標見えね~だろと思っていたらパワープレーされたの図。

とはいえ発車標の片面化は望ましい姿ではないわね。おそらく,近い将来これを置き換えるから取付位置を動かすとかせず,とりあえずアクリル板を貼ったのだろう。

それから5年近く使い続けることが予想の範疇にあったかはともかく,代替されたとなればまず気になるのが片面仕様になっていた箇所のその後。わざわざ日信に片面用を開発させるとは思えなかったけど,案の定というか,やや線路側に取付位置を改めて両面用の発車標が設置された。

もちろんアクリル板などは貼られておらず,両面で運用されている。位置を動かした効果はいかに…?と思って見たけど,時計を含めて右側はやっぱり隠れてしまうね。精一杯できるだけの努力はしました,ってことだね~

△旧発車標とEV棟の位置関係。↑↑↑の画像と比べると良い。

△階段側から新発車標を見る。時計は見えないけど文字は読め…る。やや欠けてるけど。

△努力の痕跡なのでつい写真を撮っちゃう。

ちなみに残る牧の原の発車標は未だに手付かず。ここは94年度に1・4番線の各2台,コンコースの1台を整備していて,開業と同時に供用開始。3番線側は最初は線路すらなかったのだけど,日医大開業を前に99年度に整備された。いずれも初代HTCと同時に稼働した90年度製の発車標とは微妙に仕様が違うのだけど,とくに3番線側の2台は文字データの入っているLSIが違うので,行先や種別のような登録パターン以外の汎用文字パターンの表示が異なる特徴があるのだ。

そんな発車標ももうじきおしまいかな…。かつては自改や定発機でも見られたけど,駅から東芝の機械がどんどんなくなるね。

駅名標が増える

すっかり忘れるところだったけど,今月は駅にも話題があった。2月に入って駅名標が増設されはじめたのだ。

さて,どんな駅名標が増えたかというと上屋を支える柱などに取り付けている縦長のもの。ただ,これまでと違うのはそれを支柱に取り付けるわけではなく,階段付近の壁面や上屋のない箇所にある照明の柱などに設けた点なのだ。とくに後者の場合,上屋の支柱に比べて柱が細身なので従来の寸法では収まらないのね。わざわざ細長い専用の体裁を用意してきたところが手間かかってるよねー。

△この手の細長いやつは他社には多かったけども北総で見ることになるとは

確かに上屋のないホーム端などは駅名標が少なかったけど,そこまで必要なのかというと怪しいかなあ。大都市の地下鉄とか乗ると数メートルおきに駅名標が掲示されているけど,そのレベルを北総線に求めるのはちょっと違う気もするし。

そういうのこそまさしく予算消化っぽさがあるのだけど,足元の乗車位置シールは相変わらず剥がれ放題剥がれていて,12月の記事のあとにも剥がれ拡大中。。

おまけ

西白井の広告が外れてツートンになる前の塗装が出現。ここが塗り替わって丸10年になるのかな。

△ちょっと懐かし~とか思った。左右の広告が懐かしさもへったくれもないけど。

いつのまにか牧の原3番の出発反応5LPKが静かに寿命を迎えていた。ここに線路を引いたときからあったもの…なので20年目である。

△だいぶつらそう