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公開日:2015年3月1日

ダイヤ:北総線ダイヤよもやま話(北総ー他社線対照表つき)

北総線ダイヤのよもやま

列車にそれ自身を区別するための列車番号があるのと同じで,ダイヤにもそれ自身を区別するためのダイヤ番号が存在する。

北総線における2015年1月時点のダイヤ番号はNo.116-3となっていて,改正や修正があるたびにこの番号が付け替えられているのだが,偏にNo.116-3といってもこれまで116回改正が行われたというわけではなく,この番号は次のようにして求められている。

上記の法則で求められるダイヤ番号は京成で用いられてきた様式を踏襲したもので,北総が京成のダイヤをほぼそのまま流用していることによるものと推定される。

北総がNo.101を91年3月改正に設定しているのはあくまで自社の都合であり,京成はそれ以前からこの様式で付番してきたのだから,当然京成と北総でダイヤ番号は異なっている。

当然1期線の頃も……

では1991年3月以前はどうであったかと言うと,こちらは新京成のダイヤをほぼそのまま使用していた。

No.1となるダイヤは1979年3月9日の開業時に遡るが,それ以降は91年3月まで全て「改正」であり,番号は1ずつ繰り上がっていくだけの単純な付番で済んでいた。この頃のダイヤの特徴としては平日と休日(※土休日ダイヤになるのはずっと時代が下ってからのことで,この頃は平日と休日の区別だった)のダイヤ番号が異なっており,平日は改正しても休日はそのままといったケースも見られた。

しかも,1984年3月改正で公団線との直通運転が始まったのだが,この頃の公団は運行を北総に委託していながら自前でダイヤを作っていた。中身は(新京成のダイヤを流用した)北総のダイヤを流用したものであり,新京成のコピー品のコピーというコピー二段構えが見事にキマったダイヤであった。番号は1984年3月改正をNo.1としており,北総に合わせて1ずつ繰り上げていったが,鉄道事業法により公団線が北総・公団線になった際に制作が取りやめられ,僅か3回の制作で終了してしまった幻のダイヤとなった。

1991年3月改正直前の段階での番号はNo.6であり,以降91年3月からは京成様式に……なると分かりやすいのだが,北総線ダイヤ史で最も面白いのがこの後の数年間なのである。

同じダイヤだけど番号は2つある時代

晴れて都心直通となった91年3月改正であるが,京成様式のダイヤで収録される範囲は,品川~泉岳寺間の京急線,都営浅草線,京成線全線,北総・公団線のみであり,新京成線は含まれていなかった。

新京成が新鎌ヶ谷駅を作るまでは直通を切れない北総にとって,自社線~新京成線の入ったダイヤが無いのは大問題…ということで引続き新京成様式のダイヤも作る羽目になったのである。

つまり,1991年3月から1992年7月までの1年4ヶ月間は京成様式のダイヤと新京成様式のダイヤの2種類が併用されたのだが,番号は2つとも揃っていなかった。しかも京成側は92年4月の千葉急行線開業などで番号がころころと変わり,片方のダイヤ番号が変わってももう片方は変わらないといった滅茶苦茶な時期となったのである。

ダイヤは一つ。しかし番号は形だけ。

ようやくダイヤが一つに統一された1992年7月改正だが,ここで再び問題が発生する。金が無いのだ。2期線開業バンザイというのは一瞬の出来事で,2期線開業前から資金難鉄道だった北総は2期線のバブリーな建設費問題を抱え,しかもその利用者は想定よりも少ない…という何とも踏んだり蹴ったりな状況で,ついに自社でダイヤを作るのを諦めた。…いや元から作ってないけど。

どうやって乗り切ったか,それは「京成のダイヤをそのまま使う」。そもそも北総のダイヤは京成のダイヤの表紙の社名と番号を変えた程度の違いしかなかったので,いとも簡単に京成のダイヤに切替えられた。表紙の文字が数文字違うだけなので全く支障無し。完璧。

涙ぐましい努力を水面下で続けた北総であったが,一応ダイヤ番号は仮想で振り続けており,仮想上ながらNo.102,No.103…と番号が続いていった。

北総の名前で出すダイヤが復活するのは1994年4月改正である……が,ここでオチが付くのが見事で,No.104とすべきダイヤ番号をNo.145と印刷している。No.145は京成のダイヤ番号であり,京成のデータを貰って作った(このダイヤから手書きではなくコンピュータによる制作となった)のがバレバレ。うーん…社名を変えて安心したのか。

ちなみに,それから今日に至るまで北総に独自のダイヤ作成卓は導入されていない。では,どうやってダイヤを作っているかというと,京成本社に出向いて京成の作成卓を数時間ほど借り,その間に作業をしているというわけだ。もちろん,京成の作成卓で作業できる時間は有限なので,北総社内である程度形にしてから持っていくそう。とはいえ,いつでも京成の作成卓が使えるわけではないので,あの東日本大震災直後の混乱期におけるダイヤは手書きで作成したとかなんとか。

北総ー他社ダイヤ番号対照表

その後は平和にダイヤが作られ続けて今に至っているのだが,京成の「改正」と北総の「改正」が常に同じとは限らず,京成が「改正」でも北総が「修正」であったりして両者の番号は特定の数式で変換できるほど簡単な変化を遂げていない。しかも,前述のとおり北総は2種類のダイヤ番号を併用していたし,公団線にも独自のダイヤ番号があったとなれば,一つのダイヤに対して幾つもの呼称が考えられるわけで,それらの対照表がないと話が通じないこともあろう。

…というわけで,長々と書き連ねたが,要は下の表を載せたかっただけである。

北総線のダイヤ番号(新京成式平日,新京成式休日,京成式)と京成線のダイヤ番号,さらには公団線のダイヤ番号を対応させた表であるが,そもそもこれを使う人間がどれだけいるかと言えば……

改正日北総(新京成式平日)北総(新京成式休日)北総(京成式)公団(平日)京成
1979/3/91(※1)――――
1981/11/1422――――
1984/3/1932――1
1985/11/3042――2
1988/2/553――3
1988/12/464――(北総に統合)
1991/3/19(101)143(※2)
1991/3/3175101143
1991/8/786101-2143-2
1992/4/1144
1992/7/8(統合→)(102)↓(※3)
1992/7/17144-2
1992/12/3144-3
1993/4/1(103)144-4
1994/4/1104(※4)145
1995/4/1105146
1996/7/20106147
1997/10/4106-2147-2
1998/11/18107148
1999/7/31107-2148-2
2000/7/22108149
2001/9/15109150
2002/10/12110151
2003/7/19110-2151-2
2004/10/30111152
2005/10/2111-2152-2
2006/12/10112153
2007/12/2112-2153-2
2009/2/14113153-3
2010/5/16114154
2010/7/17115155
2012/10/21116156
2013/10/26116-2156-2
2014/11/8116-3157
2015/12/5117157-2
2016/11/19117-2157-3
2017/10/28117-3158
2018/12/8117-4158-2

北総用はNo.1から全ダイヤを確認済み。京成用は飛び飛びなので違うところがあるかもしれない(番号確認は京成時刻表巻末等で実施)。

※1:平休共通ダイヤ

※2:暫定ダイヤ。北総線直通列車は3月30日まで青砥等で折返し。31日から正式なNo.143で運行。

※3:この時点での京成はNo.144だが,北総線内はNo.144-2として運行(=No.102相当はNo.144-2)。

※4:正しくはNo.104だが実際はNo.145と印刷(上記参照)

※5:東日本大震災以降は暫定の震災ダイヤ(北総線内は震災ダイヤNo.1とNo.2)で運行。2011年9月以降京急線内改定で列番変更があったがダイヤはNo.115を引続き使用?